てぃーだブログ › 増補・コミュニティーも国も主体は庶民

2009年07月03日

2009年07月03日

2009年07月03日

ありえない

  

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2009年06月27日

2009年06月27日

九州地区初優勝

  

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2009年06月23日

「君達警官はわしの子の年齢だ。考えなさい」と金城実さん

2009年6月23日午前11時41分 慰霊の日 摩文仁・平和の礎入り口レストランにて

  

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2009年06月18日

レッテルは高校生にじゃない。その家庭や家族に貼るんだ

レッテルは高校生にじゃない。その家庭や家族に貼るんだ



























































高校生といえば15〜18才。人権侵害という犯罪の認 識ゼロ























































父兄や教職員のフォーラム提起あったが、保護者へ謝罪なし







































委員からは「カルテはなくてもよいのでは」などの声もあった



















この子が中学や小学校へ通っていた頃からか、、、。
待てよ、今でも小学校にはこの子の兄弟が二人もいる、、、。


















「県立高校で導入している」とある。未だに信じがたい
  

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2009年06月16日

その固定観念の成り立ちは人権侵害による情報が元だった


















































































今日付けの琉球新報紙20ページ 琉流トレンド面から
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 16:14Comments(0)TrackBack(0)暮らし生活

2009年06月16日

ここでも保護者は蚊帳の外




























































「カルテ」自体が人権侵害 今日付けの沖縄タイムス紙教育面
  

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2009年06月15日

オキナワへ来て初めて国内で優越感というものを味わった

昔、先輩が話していたことを理解できたような気がした

当時はまったく理解できなかったけど

里へか帰って、或いは職場へ帰って話してみる

by日本人

  

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2009年06月15日

税納付相談で役場職員が「借金してまで大学行かすな」と発言

税納付相談で役場職員が「借金してまで大学行かすな」と発言
















今や大学へも高校同様に子どもを義務的に教育すべき時代

















複数子どもがいる家庭に高校・大学の入学金や授業料免除を原案にすべき

















高校生以上は制服代、教科教材費、携帯電話料金も加わえたい



















複数の子がいる家庭を支援するのは当たり前だけど、、、。
  

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2009年06月15日

先ず保護者へ謝罪すべき。特に兄弟姉妹が多い家庭に対して

先ず保護者へ謝罪すべき。特に兄弟姉妹が多い家庭に対して
今更、、、。過去六年の間になんと30人もの担任教師らに大事な子どもたちの一方の情報を隠されていたのをうやむやに出来るわけが無い。

思い起こせば色々と思い当たる節はある。

長男のあの時。

次男のあの時とあの時。

三男のあの時とあの時とあの時。

四男のあの時とあの時とあの時とあの時。

五男のあの時とあの時とあの時とあの時。

長女で末っ子のあの時とあの時とあの時。

なぁ~るほどなっ、ーと思う事がいっぱいある。











同時に学校へ通う兄弟姉妹が少なくなって情報隠ぺい可能に
学校へ通う子どもが一人または二人程度という家庭が増えた。

その事が逆に兄弟姉妹が多く居る子ども達へどのように影響しているか、
を学校や教育関係者の側の立場でしっかり議論することも必要ではないか。












その場合、家庭が子沢山だと多くの担任教師と重複する訳だが
同時にそれぞれの担任の先生が違う先生と共に情報を交換するいい機会。しかし、保護者へは何の報告する義務も生じない仕組み。公序良俗に反するこんなことが実際に教育関係者らの公の場所で行われていたのだろうかと疑いたくなる問題だ。

なにしろ、我が家では常時5人から6人が常に重複していたにもかかわらずまったく知らなかったからそう云える。















2003年のあの時、保護者ともっと情報の共有をしてたら
子供の居場所がなくなってしまった現状を憂い、現代の子供達が放課後どこでどのように過ごしているかを把握しようー何とかしようと取り急ぎ始めたらしいが欲が出たらしい。

沖縄のすべての教育者が楽々とすべての沖縄の子供の生活環境の一面を得ることが出来る。
保護者も知らないその子どもの将来をも左右する秘密情報を手にすると言う事は恐ろしい権力にもなる。











きっかけの北谷町の事件の時も少子化問題までに至らなかった
当時は育児放棄と戦前戦後から続く沖縄特有の低労賃・低年収からくる生活苦問題がセットになって議論された。

今回はというと、憲法違反を教育現場が犯していたということは問題としながらも、
あくまでも「一人の子に対する一人の担任教師だけ」の問題であるかのごときで推移している。

やはり今回もその原因が少子化にあることまでは言及できずに終わってしまうのだろうか。  

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2009年06月13日

福地さんからメッセージです

「沖縄戦は終わっていない!」と、福地さん
福地さんからメッセージです。〓(今日付けの琉球新報紙の声欄に掲載されていますので、詳しくはそちらをご覧下さい)

沖縄県教育委員会・沖縄婦人連合会・県老人クラブ連合会・沖子連・マスコミ各社後援の上映会を行います。

日時は:
6月14日午後2時、糸満市摩文仁の県平和祈念資料館ホールです。

さて、教科書検定で史実を曲げようとする動きに私たちは沖縄戦前夜の悪夢を呼び起こされた。今後、体験者(語り部)を広く委嘱し、上映と合わせて沖縄戦の実相を正しく伝えたいと思う。

また、もっと映像を取り寄せたり、戦争体験者の記録を促し、戦争遺跡を保存すべく文化財指定を強く求めていく。

戦争は終わっていない!あの戦闘機の騒音、陸地での戦車、軍港に見る軍艦、射撃場の砲撃、軍服の米兵、さらに新しい基地建設、、、。

映像で観る「集団自決」強要の証言は真実を鮮明に語る。

(沖縄戦記録フイルム1フィート運動の会代表)








「沖縄は全体主義の島じゃない」ことをきちんと議論したい

要旨:東京からみると沖縄は全体主義の島になぜ見えるか。違うのに。

冷静に議論したい。

沖縄は独立する能力はあるが、外交交渉に膨大なエネルギーを要する。

軍靴を履く者を崇めることがなきようにするためにはどうするか。

中央省庁に飛び込み、沖縄の味方を増やせ。

集団的・地域的エゴイズムを是とする発想で目に見えない「沖縄党」をもって道州制を議論したい。

基地依存型経済・土建政治から脱却し、仲間に引き入れて自己革新させ、更に沖縄の利権構造を作らねばならない。官僚や保守陣営も味方につけて、保守と革新の壁を越えて沖縄のためにやってもらいたい。

教科書検定問題では皆が一致協力して「沖縄党」ができた。意見が相入れない立場の人にも心があって、その琴線を動かす力を持つ人がいる。心がこもった民衆運動というのは必ず伝わる。そして意見の違いを認識し、なるべく一致点を見いだすことが必要。

(今日付けの沖縄タイムス紙文化面「沖縄の未来を語る」から抜粋)作家 佐藤 優

これ↓もご覧ください。無党派無宗教無団体
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html

そして、これ↓もご覧ください。本村安彦
http://komyunithimokunimo.ti-da.net/e2665623.html  

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2009年06月12日

「沖縄は全体主義の島じゃない」ことをきちんと議論したい

「沖縄は全体主義の島じゃない」ことをきちんと議論したい

要旨:東京からみると沖縄は全体主義の島になぜ見えるか。違うのに。

冷静に議論したい。

沖縄は独立する能力はあるが、外交交渉に膨大なエネルギーを要する。

軍靴を履く者を崇めることがなきようにするためにはどうするか。

中央省庁に飛び込み、沖縄の味方を増やせ。

集団的・地域的エゴイズムを是とする発想で目に見えない「沖縄党」をもって道州制を議論したい。

基地依存型経済・土建政治から脱却し、仲間に引き入れて自己革新させ、更に沖縄の利権構造を作らねばならない。官僚や保守陣営も味方につけて、保守と革新の壁を越えて沖縄のためにやってもらいたい。

教科書検定問題では皆が一致協力して「沖縄党」ができた。意見が相入れない立場の人にも心があって、その琴線を動かす力を持つ人がいる。心がこもった民衆運動というのは必ず伝わる。そして意見の違いを認識し、なるべく一致点を見いだすことが必要。

(今日付けの沖縄タイムス紙文化面「沖縄の未来を語る」から抜粋)作家 佐藤 優

これ↓もご覧ください。無党派無宗教無団体
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html

そして、これ↓もご覧ください。本村安彦
http://komyunithimokunimo.ti-da.net/e2665623.html
  

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2009年06月09日

総数約四万五千人いるすべての県立高校生の一割に相当する

総数約四万五千人いるすべての県立高校生の一割に相当する
  

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2009年06月08日

国境を消し去るには「寄って立っている琉球を敬う」条件あり

今日の琉球新報紙文化面。出だしから違和感をもった。



















村瀬さんにながいさん。大事なことが欠落していますので転写しながら後ろに括弧()でその違和感を詳細に説明致します。

私たちは日本が好きだ。日本を誇りにすら思っている。(この琉球新報紙を手にする多くの者にとっても、一般的な日本人にとっとも普遍的ではない)

だが、私たちは自分で選んでこの国に生まれたわけではない。たまたま、日本に生まれ、(1952年・昭和27年4月28日以降、1972年・昭和47年5月15日までの間、琉球諸島の米国民政府下の琉球政府で生まれた現在56歳から36歳までの沖縄県民約37万人は生まれた時は琉球政府ですから日本人ではない)親から、社会から日本人として育てられた。(現在56歳から36歳の沖縄県民約37万人は親から、社会から琉球・沖縄人として育てられた)

、、、人は日本人に生まれない。日本人になるのだ。(、、、人は琉球・沖縄人に生まれない。琉球・沖縄人になるのだ)

、、、国籍を意識して生まれただろうか?物心がついたとき、そこが祖国だと知らされたのである。(”)
  

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2009年06月08日

国境を消し去るには条件がある。先ず過去の琉球・沖縄を敬え

国境を消し去るには条件がある。先ず過去の琉球・沖縄を敬え




































































今日の琉球新報紙文化面。出だしから違和感をもった。

村瀬さんにながいさん。大事なことが欠落していますので転写しながら後ろに括弧()でその違和感を詳細に説明致します。

私たちは日本が好きだ。日本を誇りにすら思っている。(この琉球新報紙を手にする多くの者にとっても、一般的な日本人にとっとも普遍的ではない)

だが、私たちは自分で選んでこの国に生まれたわけではない。たまたま、日本に生まれ、(1952年・昭和27年4月28日以降、1972年・昭和47年5月15日までの間、琉球諸島の米国民政府下の琉球政府で生まれた現在56歳から36歳までの沖縄県民約37万人は生まれた時は琉球政府ですから日本人ではない)親から、社会から日本人として育てられた。(現在56歳から36歳の沖縄県民約37万人は親から、社会から琉球・沖縄人として育てられた)

、、、人は日本人に生まれない。日本人になるのだ。(、、、人は琉球・沖縄人に生まれない。琉球・沖縄人になるのだ)

、、、国籍を意識して生まれただろうか?物心がついたとき、そこが祖国だと知らされたのである。(”)
  

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2009年06月07日

教師らは裏帳簿という悪魔の囁きに負けてしまったのだろう



























































リセット作業。教え子をを肉眼でみるため。だから聖職だろ。
  

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2009年06月06日

130年前まで数百年も豊かな琉球が、なんでこうなったんだろう

そんな沖縄を良くするためにはこの↓ような動きが方々で起ることが基本じゃないでしょうか。
逆に言えば、これまでの400年間一度もこのような行動をとったことがなかったからこんな琉球になった。
違いますか??
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html
  

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2009年06月06日

小学校で秘密裏に作製されたカルテが中学へ継続されていた




















答申後一転して「秘密の指導カルテ」と認めた。カルテについてこれまでは1992年に市広報告示した「教育指導業務」の一環だったと主張していたが、、、。逃げ切れず答申後「個人情報の扱いで認識不足があった」として、主張の過ちを認めた。



















息苦しくなった沖縄社会。

倍増する沖縄いのちの電話相談




  

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2009年06月05日

6年間、子どもたちの友人や家庭環境、性格がつづられてきた
























































新聞の「カルテを考える」1から:「人権侵害の恐れ濃厚。なぜなら個人情報保護条例に違反する恐れが濃厚たからだ。」

「教育を受ける権利を侵害している恐れがある。例えば、日々成長している子供の”こんな子”として情報が固定されては適切な教育を受けられない。」

「子どもだけじゃなく親や家庭のプライバシーの侵害そのもの。一方の教育の重要な担い手であるはずの親とは情報を共有しないということから、カルテの目的は学校が”問題のある子や親”をマークするものかと疑う。」

「子という個人の尊重がないがしろにされているような気がする。」

「親は権利意識を持って、子どもの”カルテ”に何が書かれているか感心を持って欲しい。」

カルテの存在を知って以来「な〜るほどね〜!」が増えた。

別の新聞には「6年間、子どもたちの友人や家庭環境、性格がつづられてきた」との特集記事が。
  

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2009年06月04日

見習ってすべての市町村や県で廃棄すべき 指導・支援 カルテ











































































①親や保護者の正当な監督に服しているか。

②正当の理由があって家庭に寄り付かないか。

③犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し、又はいかがわしい場所に出入りしていないか。

ーなどの長所だけを記録し児童の支援に役立てようと、あの5年前に長崎県佐世保市の市立大久保小学校で起こった小学生殺害事件でさえも、実施するかどうか5年の検討期間があったという。しかも事前にこうやって広報された。

翻って沖縄で6年前に起こった北谷町の中学生殺害事件ではその直後6年前に僅か20日間の検討の後、県から始めた指導カルテ。今や全市町村で。しかも全高校でも実施。

「その性格又は環境に照らして、将来、罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をする癖のある少年」かどうかを見極めるため。罪を犯してもいない少年・しかも十四才にも満たない子供に対する行き過ぎた行為だ。

普通なら裁判所でしか扱えないようなこんなに重要な事柄を、親や保護者に秘密にしておく事は少年の健全な育成を阻害したと言える。

何故ならカルテを作製した教師は皆非行のない少年を調べる成人なのだから。

子供が理解出来ない手法でその子供の監護教育義務者である親や保護者との生活環境をこっそりとその子供の親や保護者
に内緒で聞き出す。

6年間いや、僅か数年間でさえも聞かれ続けていた今の幼稚園児から高校生・大学生までの児童・生徒・学生らの目線は学校教師の位置に固定されていることになる。

きっと、親や保護者の社会的序列はその親よりも一回りも二回りも年下の教師よりかなり低く下げられて評価されている事だろう。

今回初めて一般社会に発覚した際に、その目的はーと問われると、子供の健全育成に使用する「指導・支援カルテ」の作製のためというからなおのこと呆れる。

そんな事をしてるから少年らは年々益々親や保護者の正当な監督に服しなくなる。それこそ本末転倒だ。

「親の云うことを聴きなさい」と諭し、人倫という社会秩序を維持する上で一番大切にされなければならない物事の正しい順番を教え聡さなければならない立場の筈の教師がそれを無視することでむしろ少年らの非行化を促している結果になる。
わったー琉球人が古から誇りにしてきたてぃんさぐぅ~の花はどこへやら。


今日現在、24才の長男が高三の時から大学までの間聞かれ、現在大学一年生の次男が中学一年の時から、現在高校二年生の三男が小学校五年生から、現在高校一年生の四男が小学校四年生から、現在小学校六年生の五男が小学校一年生から、現在小学校五年生の長女が幼稚園からず〜と聞かれ・診られ続け、そのことを親 や保護者に対してだけ秘密にしている。

言い換えればなんと6年間で六人の子供の担任教師(合計人数=1人+5人×6人=)31人全員が親で保護者でもある私や妻に内緒でわが家の家庭生活環境について、その担任から新学年の担任や上の学校へ子供達を通して記録しているということになる。

加えて、問題はまだまだ広がる。
「児童の生活環境秘密調査」
ーなのだから地域の生活環境も勿論の対象になるのだから真面目に健全育成に取り組んでいる地域の人々も対称だからだ。
わったー琉球人が持っている道徳的誇りのていじゅんそく・なぁ~ぐうやかたぬりくゆのここる!やちゃ~ないが。


気持ち悪い。


  

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2009年06月04日

指導・支援カルテ




















子供が理解出来ない手法でその子供の監護教育義務者である親や保護者との生活環境をこっそりとその子供の親や保護者に内緒で聞き出す。

6年間いや、僅か数年間でさえも聞かれ続けていた今の幼稚園児から高校生・大学生までの児童・生徒・学生らの目線は学校教師の位置に固定されていることになる。

きっと、親や保護者の社会的序列はその親よりも一回りも二回りも年下の教師よりかなり低く下げられて評価されている事だろう。

今回初めて一般社会に発覚した際に、その目的はーと問われると、子供の健全育成に使用する「指導・支援カルテ」の作製のためというからなおのこと呆れる。

そんな事をしてるから少年らは年々益々親や保護者の正当な監督に服しなくなる。それこそ本末転倒だ。

「親の云うことを聴きなさい」と諭し、人倫という社会秩序を維持する上で一番大切にされなければならない物事の正しい順番を教え聡さなければならない立場の筈の教師がそれを無視することでむしろ少年らの非行化を促している結果になる。
わったー琉球人が古から誇りにしてきたてぃんさぐぅ~の花はどこへやら。


今日現在24才の長男が高三の時から大学までの間聞かれ、現在大学一年生の次男が中学一年の時から、現在高校二年生の三男が小学校五年生から、現在高校一年生の四男が小学校四年生から、現在小学校六年生の五男が小学校一年生から、現在小学校五年生の長女が幼稚園からず〜と聞かれ・診られ続け、そのことを親や保護者に対してだけ秘密にしている。

言い換えればなんと6年間で六人の子供の担任教師(合計人数=1人+5人×6人=)31人全員が親で保護者でもある私や妻に内緒でわが家の家庭生活環境について、その担任から新学年の担任や上の学校へ子供達を通して記録しているということになる。

加えて、問題はまだまだ広がる。
「児童の生活環境秘密調査」
ーなのだから地域の生活環境も勿論の対象になるのだから真面目に健全育成に取り組んでいる地域の人々も対称だからだ。
わったー琉球人が持っている道徳的誇りのていじゅんそく・なぁ~ぐうやかたぬりくゆのここる!やちゃ~ないが。


気持ち悪い。
  

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2009年05月26日

ニュース「侵略と処分」








































昨日の投稿ご依頼の返事です。400〜450文字より数倍も長くなりましたが、ご勘弁を。適当にまとめてください。よろしく。

希望としましては、本題の牧港のおばぁ〜ちゃんの話だけでも掲載して頂けないでしょうか。
数度ですが、その話をした経験からしてかなりショックを受けるようです。
特におきなわの”インテリ”な人ほど強烈のようでした。
でも、これがおきなわの一般的な人々の戦争や政治家に対する怨念スタンスでしょうから小生の意中をご理解いただきますようよろしくお願いいたします。


投稿文:タイトル「ギャップ」

 インターネットでこの投稿文の筆者である「本村 安彦」という親から頂いた実名を検索しますと
ぬぅ〜ぬ ぬぅ〜んちゃえ〜 ねぇ〜らん。
(なんだ よけいなことより)
くぬぅわらべぇ〜 うちなぁ〜の普通ぬおとうやっさぁ〜!!
(この人は 沖縄の普通のおとうさんじゃないか)
ーであることが直ぐにばれることでしょうから、
インターネットを多用しているであろう400年や130年のここであえて自己紹介はいたしません。悪しからず。

 「常日ごろはお前が正しい言動を発し、生きていることはこの十数年間見てきた。誰も認める。
しかし、筋の通らない行動を取ったりするお酒を飲んだ時は最低。或いは幻滅させられるよぉ〜。」
ーこのことは一生ついて回るのだろうか?

 十五年前、この世のすべての人々はすべて自分と同じ程度以上の理解力が備わっていて、賢者ばかりだと信じ、
連日「沖縄から核施設を撤去させよう!」という独自の署名運動に丁度三年間取り組んだ。

 浦添市内の全世帯をアポなしで、しかもたった一人で練り歩いた二年目のある日、
署名運動を始めてからそれまでの間、どうしても知りたいことがあってなぜかむきになっていた。
それは当時七十や八十のおじいちゃんやおばあちゃん達だけが口を揃えて云う「署名拒否」の理由がなぜか同じようなメッセージだったからだ。

「にぃ〜にぃ〜、(坊や)あんたが言いたいことも、おきなわやせかいのためになることもわかるよぉ〜。
あんしがやぁ〜、、、(でもね、、、)ちゃあ〜しんくぅぬ署名簿んかいや わぁ〜むんな〜やかからんさぁ〜、、
にぃにぃ〜(どうしてもこの署名簿には私の名前はかけないよ。坊や)」
ーという、どうしても筋の通らない、
訳の分からないしかも皆賢そうな年寄り達だけが署名をしない言い訳があったからだった。

そんな思いが募ったある日、どうしてもその訳を知りたいと思い、いつもなら一日に数十件も回るところをとうとうその日は
地元・浦添市内の牧港地域のそのおばぁちゃんち一軒だけで夜中の12時を回っていた。


おばぁ〜ちゃん;
 「戦争が憎い。それよりももっと憎いのは政治家。
先の戦争の時。自分は上の学校へ行きたかった。
でも戦争がやって来て、学校どころでなくなった。
やっと、戦争が終わる頃学校へ行こうと思ったら学校も無くなっていた。
戦争が本当に終わって学校へ行こうとした。
でも木の下の青空学校だった。がっこという形はたしかにあったけど。
しかしその時はもう既に子供ができていて、
自分の学校どころじゃなかった。二人、三人と子供が生まれていた。
その子供の名前をつける時、どうしたと思う。
今もだけど出生届けと同時に名前を役場に出さないといけないよ。
当時の出生届と名前の用紙は、今のように雛形が準備されていなかったよ。
すべて筆書きだったよ。
しかも縦書きで、まぁ〜まぁ〜ぬ、たぁ〜たぁ〜ぬやぁ〜んかいわらびぬうまりたん。
(このたび、どこどこの誰々の家庭に於いて赤ちゃんが生まれました)
のぉ〜じぇ〜ぬぅ〜ぬぅ〜、なぁ〜や ぬぅ〜ぬぅ〜。
(姓は何々、名は何々)
ーんちぃ!いじゃさんねぇ〜ならんたんろぉ〜ひゃ〜!!
(−その通り書いて出さないといけなかったんだって!!)
学校んいじてぃんうらんそぉ〜てぃ!たぁ〜が かちゆぅ〜すみぃ〜ひゃ〜!
(学校もまともに出ていないのに!誰が書けると思う!)
で、子育てが終わって、学校へ行こうと思ったらもうおばぁ〜ちゃんになっていた。
だから戦争が憎い。人生を返せと言いたい。
そして、それよりももっと憎いのはその当時の政治家。
当時もみ〜んな学校の先生達が政治家になっていた。
自分達に勉強を教えるための学校は二番で、政治活動だけだった。
「おかげで自分も、自分の子供もみ〜んな小卒か
中卒。自分が学校出られなかったから貧乏で自分の子供も学校へ行かしきれなかった。子供の子、孫も学校行かしかんてぃ〜しているし。(学校への費用を間に合わすのに苦労している)、、、。終戦から五十年経った今でも、その戦争のせいで学校に行けなかったおかげで孫の時代の今まで貧乏している。


内地では自分と同じ年代でも大卒は当たり前にいるのに、、、。
生活・経済は学歴で決まるよ。
あの時、
当時の沖縄の学校の先生達が政治活動よりももっと学校創りに力を入れていたら
自分も今頃は内地の同年代と同じように金持ちになっていた。
だから戦争が憎い。今の知事も元々は教育者だったんだろっ!!

あんたは今日、この署名簿を「総理大臣へ出すから署名して」ーと、言うけど、
そんな公なものに書けるような字は書けないよ。学校出ていないから。
あんたの気持ちは良く分かる。
あんたが正しいことも良く分かる。
でも私は世間で言う文盲だから署名できないんだよ。どうしても清書できないから恥ずかしくて、、。

そのおかげでどんなだったか分かる。
当時子供が生まれた時。大嫌いな部落のボスや、学校の校長先生。或いは、
役場の年下の職員さんに名前を付けてもらった。
自分の子供の名前さえ付け切れなかったんだよ。
だから、
そのお方達の思いのままに選挙などでは名前をかいたよ。「くぬちゅんかいやぁ〜」
(この人に投票してよ!)
ーと言われて。
うんじかんとぅ〜ぐとぅ、
(恩義があるから)
自分の意思で投票出来なかったよ。
自分の子供の将来を決める選挙だのに。
わかる。その気持ち。苦しかったよ。今でもそうだよ〜。
だから戦争が憎いのと同時に政治家が憎い」。

筆者;
「うん。わかった。その事をできるだけいっぱい いっぱい 伝えるから」。

2009年 5月22日
無党派無宗教無団体 琉球建築家 本村 安彦

  

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2009年05月24日

詳しくはこちら〓


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2009年05月24日

薩摩の侵略とは?

  

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2009年03月29日

2009年02月28日

子供は世の中の預かりもの

子供の数は幸せの数。家族の人数の数も幸せの数。

 終戦で戦場から帰ったら一家全滅だった。だから子供を出来るだけ多く残したかった。
そして、運よく八人もの子宝に恵まれた。

しかし社会保障や医療機関も未だ発達しない当時、
子だくさん貧乏では当然十分な治療を受けさせきれず、
とうとう一人だけは幼くして病死させてしまった。最後はこの腕の中で息をひきとった。
腎臓病だった。

それ以来、戦場から帰ったときの祖父母や両親、
そして三人だけの兄弟までもみんな既に死んでしまっていたショックが再び蘇った。

それだけに、
あの時のあの絶望感を埋めてくれている子供の一人を失った辛さは例えようがないほどだった。

でも私にとっては子供の数の分だけの幸せがあり、
また、子供達にとっても家族の人数の分だけの幸せがあることが救いであることは間違いない。

いかに、いずれ子供は大人になり、大きく羽ばたき飛んで行き、社会参加を果たし、
いずれその自分が育った元の家族を省みようともしないであろう、
ーなどということが分かっていても、

-である。

なぜなら、その大人になった数の分だけ社会へ貢献するだろう、

-からだ。

by おやじ  

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2009年02月19日

2009年02月19日